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青森地方裁判所 昭和28年(行)22号 判決

原告 願栄寺

被告 青森県知事

主文

別紙目録記載の農地に関する買収計画に対し、原告のなした訴願につき青森県農業委員会が昭和二十八年六月二十五日なした裁決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一原告の請求及び請求原因

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として

別紙目録記載の農地は原告所有の小作地であるが八戸市農業委員会は昭和二十七年八月十二日自作農創設特別措置法第三条第五項第四号に該当するものとして買収計画を樹立公告したので原告は同月二十一日異議を申立てたが同月二十六日これを棄却する旨の決定書の交付を受け、同年九月五日青森県農業委員会に訴願を申立てたが昭和二十八年六月二十七日に至りこれを棄却する旨の同月二十五日附裁決書の送達を受けた。

しかしながら右買収計画は以下に述べるとおりのかしがあるのでこれを維持した右裁決も違法である。すなわち

(一)  換地処分の完了

本件土地は昭和十五年に八戸都市計画地域に編入され同市工業地帯土地区画整理が施行せられ、その結果百八十四坪の換地が与えられ、昭和二十一年三月十日原告は土地区画整理事務所長からの請求により区画整理による地価増加額を仮清算金として納付し、ここに右土地区画整理は完了したのである。されば前記買収計画樹立当時においては、実は別紙目録に記載のとおりの土地は存在しない筈である。しかるにこれを看過し、漫然と旧地番によつて定めた右買収計画は違法である。

仮に換地処分はなお完了せず、被告の主張するように未だ仮換地の段階にあるものとすれば

(二)  買収すべき土地を特定することができない。

すなわち一般に土地区画整理により道路の直線化、拡幅、新設、公園、緑地の新設その他の工事の施行に伴い、従前の土地はその区画を取毀し、計画に副う如く新しい区画を定め全くその形質を変更するのであつて、本件の場合も右区画整理の施行により在来の区画は全くその様相を一変して旧態を止めないのであるから前記買収計画において公簿上の土地を表示してみたところで現実にはどこを買収する趣旨か全く特定することができない。

或は原告が従前の土地の仮換地として交付を受けた土地に着目して買収するものとしても、そもそも従前の土地に対する買収の効力が仮換地に及ぶと解すべき根拠がないばかりでなく、右仮換地なるものは本換地までの暫定的使用区分にすぎず、仮換地の場所がそのまま本換地になるとは限らないし、又大凡その場所が変らなくとも本換地に際して増減歩される場合もあり得るし、更には換地を与えずして金銭で清算する場合もあるという極めて浮動的なものであるからたまたま買収計画当時使用していた仮換地を捉えてもつて買収土地の特定は可能であるとすることも許されない。

右いずれの点からしても前記買収計画はその対象を特定することのできない違法がある。

(三)  本件土地は自創法第五条第四号の指定をなすべき農地である。本件農地は従前の土地にせよ、その仮換地にせよ附近一帯は昭和十五年内務大臣から都市計画法による土地区画整理施行地域として指定を受けて青森県がその事業の施行に当り、戦後更に昭和二十三年五月五日建設院告示によりその範囲が拡張され、右都市計画の実施により無統制なる工場の乱立を防ぎ整然たる工場地帯の造成を目的として工事を進め、地区内の都市計画街路は八戸市が継続事業としてその築造工事を行い、今日では事実上その完成をみるに至つたのである。

かくてこの地域一帯は最近における八戸市の急激な発展に即応し工場の誘致、これに伴う住宅、学校その他の諸施設用地としての要請に応える恰好の場所となつた。

されば昭和二十七年四月十八日八戸市長は青森県農業委員会長に対し右地域について自創法第五条第四号による区域指定を申請し、又昭和二十八年五月二十七日現在において前記都市計画区域内の農地について青森県知事に対し宅地造成のために農地潰廃の許可を願い出ているもの細越清吉外百五十一名の多きに及んでいる状態である。

そもそも本件土地周辺についてはつとに昭和二十三年七月三十日青森県都市計画指定地区審議委員会が設置された当時からこれについて自創法第五条第四号の指定をすべきか否かについて議題とせられた程であつて、前記のようなすう勢に鑑み戦後の農地改革の初期から事実上買収せられることなく見送られてきたのであるが近時に至り本件土地周辺が工場、住宅用地として、にわかに土地の需要が高まり地価の暴騰をみるに及んで、その売渡を受けようとする小作人等の策動によつて買収計画の樹立をみるに至つたものであるが、彼等は真に自作農として末永くこれを耕作の用に供する目的のためにこれを入手せんとするものではなくして、あわよくば高価に転売して巨利を獲ようと企図しているものであることは八戸市内における他の幾多の実例に徴し疑のないところである。

原告はさきには土地区画整理によつて道水路の拡張、新設に伴い所有地の滅歩を強いられたり負担金を賦課されるなど多大の犠牲を負わされ区画整理が実質上完了し、宅地にすれば恐らく坪当り金三千百円を下るまいと称されている今日に及んで、まるで無償にも等しい対価で買収されることにはとうてい我慢がならない。

青森県知事は如上のような情勢に鑑み当に買収除外区域の指定をなすべきであるからかかる区域内の本件農地につき定めた買収計画は違法である。

(四)  本件農地は近く土地使用の目的を変更することを相当とするものとして買収除外の指定をなすべき農地である。

仮に本件土地周辺について自創法第五条第四号の指定を相当としないとしても前記(三)において述べたとおり附近一帯は急激な発展的様相を呈しており、わけても本件土地は八戸駅の直ぐ近くにあり、又近くには八戸工業地帯有数の工場である合同酒精株式会社八戸工場、日本専売公社倉庫などがあり周辺の発展は括目すべきものがあり、かかる状況にあることからすれば本件農地は当に近くその使用目的を宅地に変更することを相当とするものというべく八戸市農業委員会はよろしく自創法第五条第五号による買収除外の指定をなすべきである。しかるに同農業委員会はその指定をなすことなく、前記買収計画を定めたのであるから右買収計画は違法である。

以上いずれの点からしても買収計画は違法であるのに、これを維持して原告の訴願をしりぞけた青森県農業委員会の前記裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

と以上のように陳述した。

第二、被告の答弁

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として本件訴状によると吉川正英が原告であつたのに昭和三十三年十二月十八日の口頭弁論期日に至り原告願栄寺、右代表者吉川正英と訂正する旨申立てたが、右は訂正ではなく当事者の変更であるから許されないと述べ、本案につき請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、

(一)  原告主張の冒頭から訴願裁決に至るまでの経過に関する事実は認める。

(二)  第一(一)の事実中原告主張の如く都市計画による区画整理が施行されたことは認めるがその余の事実は争う。

右土地区画整理は事業半ばにして予算が得られないために中絶の状態にあり未だ換地処分をするまでに至つておらず、地区内の土地所有者に対しては換地予定地が与えられたにすぎない。

(三)  原告の第一(二)の主張事実は争う。

本件買収すべき土地の従前の土地の位置もその換地予定地の位置も乙第六号証(図面)に示す如く明確に特定することができる。若し原告のような見解をとるならば土地区画整理なり耕地整理中の土地は農地買収を免れ得るという極めて不合理な結果を是認せざるを得まい。

(四)  第一(三)(四)の事実中本件係争土地周辺について原告主張の都市計画による区画整理が行われたこと、原告主張の頃八戸市長から青森県農業委員会に対し自創法第五条第四号の買収除外の指定方要請のあつたことは認めるがその余の事実はすべて争う。

原告は都市計画法に基く土地区画整理施行地区内の土地については当然自創法第五条第四号の買収除外の指定をなすべきもののように主張するけれども、その所見は誤つている。すなわちさような土地と雖も必ずしも当然に買収除外の指定をすべしとの法意でないことは自創法施行規則第七条の二の三にそのような農地を買収した場合の売渡について規定するところに徴しても明白である。

のみならず昭和十五年に発足した右土地区画整理事業はその後の戦争の進展、敗戦を経て十数年を経過した今日未だに所期の目的を達せず所要の予算も獲得せられないために中絶のままに放置せられ特に本件土地附近は八戸市市街地から遠く離れ、旧態依然たる農地でなんら工場敷地或は宅地として造成されておらず、又これを造成する具体的計画すらもない。

原告は八戸市が近時急激な躍進発展を示しているかの如く主張するけれども、しかく顕著な発展はしていない。すなわち同市における金属、化学、機械の諸工業生産高は次のとおり(単位千円)

昭和二七年 三、三三二、二四四

昭和二八年 二、七一九、〇三四

昭和二九年 三、八〇五、〇八一

昭和三〇年 三、八六八、一一七

昭和三一年 四、九七四、四六〇

であつて昭和三十一年を措いて昭和二十七年以来殊んど生産が伸びていない。昭和三十一年に至り多少の上昇を示したのは従来予想し得なかつた砂鉄の製鉄工業においてチタン抽出法の改良に成功したためである。又原告は昭和二十八年五月二十八日現在において細越清吉外百五十一名の者から農地潰廃許可申請がなされている旨主張するけれども右は事実に反する。すなわち、これを本件土地に関係のある八戸工業地帯土地区画整理施行地域たる柏崎及び沼館地区に限定した場合

昭和二七年 許可申請皆無

昭和二八年 同様

昭和二九年 申請件数一一(内不許可一)

昭和三〇年 〃    八(全部許可)

昭和三一年 〃   二五(内不許可九)

昭和三二年 〃   七六(内不許可一)

にすぎない。

そうしてみると右いずれの点からしても本件買収計画の樹立された昭和二十七年当時の状態から考えて当局者が自創法第五条第四号もしくは第五号の指定をしなかつたのは寔にそのところであつて、右柏崎及び沼館地区が多少発展の兆を示してきたのは右買収計画樹立後の昭和三十一年以後のことに属することは前掲諸表からもたやすく読みとれるところである。

しかして昭和三十一年頃以降の多少の発展的兆候にも拘らず本件土地はなお農地として存続せしめその使命を果さすべき環境にあるすなわち本件土地については前記の如く宅地化の具体的計画がないばかりでなく、当局においてはすでに工場誘致のため海浜地帯に恰好の予定地を造成しておるし、又住宅用地としても本件土地のような水田よりはむしろ八戸市鮫、根城方面の高燥な丘陵、畑地帯がこれに適しており、現に同方面には終戦後続々として市営その他の住宅、諸学校等が建てられていて、敢えて農地のうちでも最も貴重な水田を潰廃する必要がない。

以上いずれの点からしても原告の請求はその理由がない。と述べた。

第三、立証〈省略〉

理由

(一)  先ず原告の訴状訂正の申立の許否について考えるに、

被告は原告の申立てる訴状の訂正はその実当事者を変更するものであるから許されないというのであるが、なる程本件訴状に原告として単に吉川正英と表示しある。

しかし訴状添付の森田弁護士に対する訴訟委任状には

願栄寺

右代表役員 吉川正英

と書いて押印してあるのであるから右訴状における原告の表示が誤記であることは極めて明白である。

しかして被告知事の訴訟被承継人(昭和二十九年法律第百八十五号附則第二十六項)青森県農業委員会は本件訴の対象たる原告願栄寺の申立てた訴願の裁決をした行政庁として応訴していたのであるから右訴状に記載してある「原告は別紙記載の農地に対する買収計画につき被告に対し訴願し、被告は右訴願は相立たない旨の裁決をして、裁決書を原告に送付した」とある「原告」とは吉川正英個人ではなく同人が代表役員である原告願栄寺であることを知つていたものと推認されるし、又被告訴訟代理人提出の昭和二十九年九月三十日附準備書面において本件裁決にかかる買収計画は自創法第三条第五項第四号(法人所有の小作地)に該当するものとしてこれを樹立した旨陳述していることからしてもいよいよ被告は本件訴訟の原告は吉川正英個人ではなく願栄寺であることを当然の前提として応訴してきたものと解せられるのである。

してみると原告の右訂正の申立はこれを許すのが相当である。

よつて本案について判断する。

(二)  別紙目録記載の農地について法人たる原告所有の小作地として買収計画が立てられ、これに対し原告が異議訴願をなし、本件裁決がなされた経過については当事者間に争がない。

(三)  しかるに原告は右土地に対しては八戸都市計画工業地帯土地区画整理の施行により、すでに換地が交付になり、右買収計画に表示されたような(別紙目録記載のような)土地は存在しない旨主張する。

けれども成立に争のない乙第五号証、真正に成立したものと認める甲第二十三号証の一、二を綜合すると昭和十五年五月四日内務大臣から施行を命ぜられ、同年七月十三日設計の認可を受けて青森県が事業に着手した八戸工業地帯土地区画整理は進捗度総事業の約六十パーセントにして、昭和二十一年に仮換地を指定し、土地所有者に対し交付又は徴収すべき清算金につき昭和二十三年仮清算を了しその後は事業休止の状態にあり、末だ本換地の段階には至つていないことが認められるから本件土地に対する買収計画における土地の表示に違法の点はない。

(四)  次に原告は右土地区画整理の施行により従前の土地は全く変貌し、旧態を止めないから従前の公簿上の土地を表示し、もつて買収計画を定めても現実には如何なる土地についてこれを定めたか特定できない旨主張する。

しかし一般的に土地区画整理の施行によつて従来の畦畔その他地番界の目標となつた地物が除却され、土地の区画、形質に変貌を来たしたからとて、その土地の範囲の判定に困難を伴うことはあり得ても、他の資料によつてこれを判定する手段がないわけではない。本件の場合も成立に争のない乙第六号証と第一、二回検証の結果並に弁論の全趣旨とによれば原告に対し別紙目録記載の土地の仮換地が交付になつた今日でもなお従前の土地の範囲を確定するに難くない(右仮換地は従前の土地の北側を略一間巾に亘り合計三十坪を減歩したものである)ことが認められるから、本件買収計画には原告主張のようなその対象の特定を欠くというようなかしは全くない。

成立に争のない甲第九号証の十三(青森県都市計画事業八戸工業地帯土地区画整理施行規程)の第五条によると「知事は………従前の土地に対し換地予定地を指定することを得、前項の指定を為したるときは………関係土地所有者に之を通知す」とあり(さきに仮換地と称したのはすべて右にいう換地予定地と同義である)同第六条には「前条の通知を受けたるものは換地処分の認可告示の日までその換地予定地を使用収益の目的に供することを得、この場合においては従前の土地は之を使用収益の目的に供することを得ず、(以下略)」と規定している。

ところでいうまでもなく農地買収は農地所有権の強制的移転を目的とする行政処分であるから、本来の所有権の場所的範囲と換地認可に至るまでの過渡的使用区分たる換地予定の位置、範囲とにくい違いがあつても買収の対象になるのはあくまでも所有権の目的たる従前の土地であつて換地予定地ではあり得ない。したがつて換地予定地は事の性質上原告の主張する如く後日変更になることもあり得る浮動的なものであることは疑がないけれども、そのことはなんら買収計画の対象土地の特定性を害うものではない。

原告は従前の土地に対する買収は換地予定地に対しなんらの効力をも及ぼすものではない旨主張するけれども前記甲第九号証の十三の規程は都市計画法施行令旧第十七条に基き定められたものであつて前記法条により従前の土地の所有者が換地予定地を使用収益し得るのは、従前の土地について所有権を有することによるものであるから、従前の土地が国に買収されればこれに伴つて国は換地予定地の使用収益権を取得し、したがつて国は自創法第十二条第二項に基いて小作人に対しこれを使用収益せしめ得るものと解すべきである。本件の場合原告は別紙目録記載の農地を所有し、これを所有するが故に有するその換地予定地の使用収益権に基きこれを他人に小作せしめているものであること弁論の全趣旨により認定し得られるところかような場合従前の土地はこれを小作地と解するのが相当であるから八戸市農業委員会が別紙目録記載の従前の土地について買収計画を立てたことはその点に関する限り違法ではない。

(五)  原告は本件農地は近く宅地にその使用目的を変更するのを相当とするので八戸市農業委員会は自創法第五条第五号により買収除外の指定をなすべきであるのに、その指定をしないばかりか前記買収計画を立てたことは違法であつてこれを維持した本件裁決も同様のかしがあると主張するので考察するに

成立に争のない甲第二十一号証の二により成立を認め得る甲第八号証及び甲第十六号証いずれも成立に争のない甲第九号証の二ないし六、甲第九号証の十、甲第十号証、甲第十三号証の一、二、甲第十八号証の一ないし三、甲第二十ないし第二十二号証の各一、二乙第一ないし第三号証、乙第五号証、同第七号証に証人長谷川哲夫の証言並に検証(第一、二回)の結果を綜合すると本件係争の別紙目録記載の農地の存する周辺一帯すなわちその西は馬渕川、南は国鉄八戸線及びこれより分岐して湊駅に至る引込線、東北方を海岸線によつて画された地域百五十二万四千余坪について昭和十五年七月青森県は都市計画法第十三条に基き八戸都市計画工業地帯土地区画整理事業を同年から昭和二十年までの予定で施行することになつたこと、右区画整理の目的は当時右地区内に日東化学工業株式会社八戸工場、日本砂鉄鋼業株式会社(現日本高周波鋼業株式会社)八戸工場、東北アルコール工業株式会社(現合同酒精株式会社)工場、東北電化工業株式会社工場、合資会社盛岡電化工業所工場等の既設工場が無統制に乱立していたばかりでなく、新たに工場誘致が予想されたので当時内務省所管の下に進められていた馬渕川改修工事、馬渕川廃川跡の工業港築港事業と相俟つて工場地帯の整備造成を目指して着手されたものであること、もつとも右土地区画整理事業は総体の六十パーセント程度の進捗をみたものの終戦後の物価高、予算難などの事情の変化により昭和二十一年に仮換地指定をなし、昭和二十三年に仮清算を了して爾後中絶の止むなきに至つたこと、しかし昭和三十三年度から新たに国庫補助も認められ、再び残事業の整備に着手し、昭和三十五年度までには本換地登記の運びとなる予定であり、その間すでに馬渕川改修工事も完成し、工業港は着々整備せられ新大橋が竣工し、又昭和三十二年頃に至り右土地区画整理地区中北端部海浜通称三角地帯に日曹製鋼株式会社八戸工場の誘致が成り出力十五万キロワツトの東北電力株式会社八戸火力発電所が完成し八戸工場地帯の一つの課題であつた電力不足が解決し、その他新大橋々畔に八戸ガス株式会社工場が完成するなど、にわかに活気を呈するに至り、工業生産力は着実な足取りで増加し、特に金属工業部門においては飛躍的増加を見せていること、このようなすう勢と符節を合せる如く、近時右区画整理地区内に住家などの建物の新たに建てられるもの日を逐つてその数を増加するの兆が見えはじめ、右区画整理地区内における農地潰廃の許可申請は昭和二十七、八年各四件、昭和二十九年、三十年各九件にすぎなかつたのが昭和三十一年には三十件、昭和三十二年は四十六件、昭和三十三年は八月末までだけでも三十件と激増したこと、地区内でも八戸線沿線の本件土地周辺までのところは特に発展的兆候が著しく、近時の農地転用の大半は右沿線地帯によつて占められること、本件土地は八戸駅北方約二百メートルに位し、区画整理完了の暁は本件土地まじかの東西に走る道路から分岐し、八戸駅に通ずる幅員二十メートルの道路ができることになつていてますます立地条件がよくなること、又本件土地の南西方約三百メートルの所には合同酒精株式会社八戸工場がある外近時八戸製紙株式会社その他二三の中小工場、日本専売公社倉庫等が建ち、附近には日を逐つて建物が増していること、以上の事実が認められるから、本件土地は極めて近い将来、宅地に使用目的を変更することを相当とし、当に自創法第五条第五号の買収除外の指定があつて然るべき農地というべきである。然るに八戸市農業委員会はその指定をせずに前記買収計画を定めたことは違法であつてこれを看過して原告の訴願をしりぞけた本件裁決も亦同様のかしがある。

被告は少くも本件裁決処分当時においては八戸工業地帯について前記のような発展的現象がみられなかつたのであるからその時を基準とすれば本件裁決は違法でないというのである。なる程前記認定のような一段の発展的兆候が顕現したのは本件裁決後のことには属しようとも、それとて偶然にそのような現象が起つたものでないことは多言を俟たず、右処分当時においてすでに未完成とはいえ前記のような区画整理事業が施行され、その他やがては右のような発展を必然ならしめる潜在的要因があつたからに外ならないのである。それ故このことに思いを致さなかつた本件裁決はその処分当時の事実状態に即し違法なのである。

以上の次第であるから本件裁決は爾余の争点の判断をするまでもなくこれを取消すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 福田健次 中園勝人)

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